債権者:公的金融機関 場所:中国地方

「10年前の話、時効だから書く」

人生いろいろ、任意売却もいろいろ。

長い間この仕事に携わると思いもよらないような案件にかかわることがあります。

この件は10年経ったから書こうと思います。

ただ、興味本位で書くのではなく、このようなこともあるのだと、この仕事はキレイごとばかりじゃないとご理解いただけたらと思います。

本件のご依頼はご本人からではなくご本人の身内の方からのものでした。

年末のこと、その身内がお電話をしてくれました。

「裁判所から競売申し立ての書類がきています。

敷地には2件の家があり、1軒は私と父。1軒はいま空き家で、以前は兄の家族が住んでいました。

前から所有していた敷地に兄が新築した際に住宅ローンを組んだのですが、住宅ローンの延滞のために、こんな事態になりました。」

ついては相談に乗ってほしいとのことだった。

よくあることなので日時を約束し、ご自宅に訪問することになった。

現地に到着。

私「えー。家がねぇー。いやあるけど焼け落ちとる!!」

しばし、茫然と現地を見つめ、これは参ったなと思う。

だが気を取り直し、焼け落ちた家を見ながら奥へ向かう。

玄関からすぐに妹さんが出てくる。

「びっくりしたでしょう?電話では言えなかったけどこんな無様なことなんです。

任意売却は無理ですか?

父は老いていて私も無職なのでなんとか引っ越し代だけでもなんとかならないかと思い電話しました。」

私「失礼と分かって申し上げますが、所謂、業界では事故物件というものです。

大変売りずらいとは思いますが、できるだけのことはやってみます。」

「ただこの家はお兄さん所有なのでお兄さんとも面談して書類を作る必要があります。

今日お会いできますか?別の日でも大丈夫です。」

お客様「兄は遠方にいるので会えません。土地は父の所有ですが、兄も一部もっています。父だけでなんとかなりませんか?」

私「所有者全員の意思確認と面談が必要なので、後日合わせてください。」

お客様「もっと柔軟に対応してもらえませんか?兄はなかなか会えないので・・」

私「こればかりはどうにも柔軟にできません。何か会いにくい理由でもあるのですか?」

お客様「・・・」

かなり間が空く。重たい空気が流れる。いったいなんなんだろう?

お客様「絶対だめですか?」

私「ええ、絶対会う必要があります。何か言いにくいことがありますか?」

お客様「家の恥になることです。今日はわざわざ来てくれて申し訳なかったですが、一度父と相談したうえでまた連絡させてください。申し訳ない。」

よくわからないけど今日は帰った方がいい感じ。

私「いつでも連絡してください。ただお兄様と会えないと仕事は受けることが出来ません。」

なんであんなにお兄さんに会わせることが難しいんだろう。なんなんだろうと思いながらその日は会社に帰った。

翌日。

お客様「昨日は失礼しました。父とも相談し、全部お話ししますので申し訳ありませんが、来てもらっていいでしょうか?」

私「大丈夫です。ただお兄さんとはお会いできますか?それが出来ないなら私がうかがっても無駄になりますが・・」

お客様「そのことも含めてお話いたします」

かくして、再度訪問することとなった。

お客様「ざっくばらんに言います。兄はこの世にいません。」

私「えええ。お亡くなりになったんですか?」

お客様「生きています。」

私「は~?」

この人は一体何を言ってるんだか・・

お客様「この世とは隔絶された塀の高いところ」

私「・・・・」息を飲む。

お兄さんは奥さんや子供さんに暴力をふるう人だったらしい。

ある日奥さんが子供を連れて逃げて、携帯に電話があり、帰ってこんのじゃったら家に火をつけると言われたので、奥さんが「やれるもんならやってみ、そんな度胸もないくせに」といったら逆上して本当に火をつけたとのこと。それであの家は焼け落ちたのだと。

放火は殺人と同じくらいに刑が重い。

しかしながら通常、自宅に放火した場合、近隣に迷惑が掛かっていない場合は、身内が嘆願書を検察に提出し、もう二度とこんなことはさせないことを誓約し、本人を保護監督すればなんとか実刑にならないそうだ。このケースでは逆に身内が本人に反省させるためにぜひ刑務所に入れてほしいと逆嘆願したため本当に刑務所に入れられた。

私 気を取り直し、「けれど私なんかが行って会えるものなのか?また、印鑑証明は取得できるのか?細かい部分を弁護士さんと相談させてください」と伝える。

お客様「色々とご迷惑をかけますがお願いします。」

帰路の車中で、なんかえれーことになってきたなぁ。「わしゃ刑務所なんかいきとーねーのー」とか言いながら弁護士事務所に向かう。あーそうじゃ、弁護士さんに代理で行ってもらおう。これで解決じゃ。

私「先生、所有者が刑務所に入っとるんですけど売買できますか?」

先生「そりゃできるで。本人に会っていつもの書類を作れば大丈夫じゃ」

私「先生、僕の代わりに行ってもらえませんか?」

先生「今忙しいからいけん。来月ならええで。急ぎならあんた行きゃあええが」

私「ええーー。僕が?会えるんですか?」

先生「身内の人と行きゃぁえーが、会えるで」

当日は妹さんと二人で電車に乗り片道2時間。

到着し、面談の書類を作成。

あの映画なんかでよくみる透明な板で仕切られた小部屋に入る。

ご本人が部屋に入ってくる。聞いていた年齢にプラス20歳足したような感じ。売却の意思確認。よろしく頼みますとのこと。

なんとも表現しがたい空気の重さ。隔絶された世界。

不思議な緊張感。お話自体は10分程度で終了。

帰り道、妹さんも一年ぶりに会ったけどあんなに老けて老人みたいでびっくりしたと言っていた。

その日はあまりにも疲れてしまい、何もする気が起きず帰宅。

その後、債権者にも承諾してもらい仕事は滞りなく終了。家は使えないので取り壊し、いまは分譲地になっている。

その後、お兄さんがどうなったのか、私は知らない。

あともう1軒、刑務所に入っている人と売買したが、それを書けるのはまだずっと先のこと。

以上